2012年1月31日火曜日

[牧場作業ログ] 続インターフェース宣言

インターフェース考案という広大な海に溺れています。
柱となるデザインコンセプトが無い。
思いつきつつありますが…。

ここ2回の出勤で特に眼に見えるものを作ってないので何もやってなさそうな印象です。

2012年1月24日火曜日

[牧場作業ログ] グランドデザインなど

RefExのインターフェース改善を考えつつ、将来的に導入される(であろう)グランドデザインについても考えています。
デザインは「和」を基調としていく方針。
参考になるサイト貼っておきます。
果たして実際に統一できるのか、先が読めないですが、統合牧場と謳うならそこも統合していかないとせっかくの成果がバラバラな印象になってしまいます。
家紋の調べ物も楽しそうなので精進します。

2012年1月16日月曜日

[牧場作業ログ]RefExミーティング

RefExのバージョンアップについてミーティングに参加。

ブラウザであれもできたらいい、これもできたらいい、と話は膨らむが、
ユーザに挙動を任せたほうが良いことも多い。

どこまで制御するのがよいか、見極めが肝心。

テクノロジーと宗教のある風景

雑感です。
今日、就活生ぽい子が隣にいて、iPadで企業ページを見てたりしていたので、
「ほほう、そういう時代かぁ」
と漠然と思って見ていました。
するとその子がiPadを片付けて次に宗教系の新聞を出し、おもむろに読み始めました。
「おお、そういう時代かぁ」
と思ったんです。で、それをツイートしたところ、ある人から、
『そういう時代ってどういう時代?』
と聞かれました。

はて、たしかにどういう時代と言いたかったのだろうかと、改めて考えました。
考えてみたところ、表現がうまくなかったことに加え、考えが足らなかった。
そのツイートを心情に即して捕捉すれば、
『先進的テクノロジーを使って就活している一方で、社会的情報は宗教のフィルターを通して得ている』ということにどこかしらアンバランスな面白みを感じたのです。

先進的なツールは時代の精神を表します。そのツールを使う以上は、それに対する共感みたいなものが少しでもあると思います。例えばテレビが出てきたときに、やはりそれを使う以上は従来のラジオでは得られなかった「何か」を得ようと考えるわけです。その「何か」(具体的には映像でしょうが)がテレビというツールに存在するという認識を持って、テレビを使う。
iPadというツールを使う人に対して僕がイメージする社会的姿勢は、歴史感ある宗教とまったくイメージとして重なるものが僕の中になかったためにアンバランスに感じたのです。

有り体に言ってしまえば、
『iPadとか流行モノ使ってるわりに社会のことは宗教でとらえるのか、変なの』
という、偏見にもとづいたイメージ先行のツイートなのでした。
さらに語感の良さだけで言葉を選んでしまっていた。

まぁ、恥ずかしい、情けない話ですね、ということです。
米国ではおそらく当たり前のことでしょうし、そうした風景が日本にあるのもまた当たり前のことなのでしょう。これだけiPadが売れていて、そして宗教もたくさんあるわけだから、言うなればベン図の重なる部分は多いはずで。

結局、ツールと思想は別物です。
何を使っていても、どんなフィルターで社会を見ても良いわけです。至極当然。

おまけですが、そういえば『Apple信者』とも言いますね…。
キリスト教(が主)の国で、一神教的なブランドが生まれたのも何か通じるものがあるのかもしれません。